東京高等裁判所 平成8年(行コ)53号 判決 1999年2月25日
主文
一 控訴人鷲見友好を除くその余の控訴人らの本件控訴をいずれも棄却する。
二 本件請求のうち、控訴人鷲見友好の請求に関する部分は、平成九年六月二五日、同控訴人の死亡により終了した。
三 控訴費用のうち、被控訴人加藤晶の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人中山好雄の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人松崎彬彦の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人吉原丈司の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人山内実の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人久保政利の当審の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人林敬二の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の、被控訴人田北紀元の当審の当事者本人尋問期日の呼出に要した費用は同被控訴人の各負担とし、その余は控訴人らの負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 控訴の趣旨
一 原判決主文一及び三の項を取り消す。
二 被控訴人らは、神奈川県に対し、連帯して一二九五万六三四一円並びにこれに対する被控訴人加藤晶、同中山好雄、同松崎彬彦、同吉原丈司、同山内実、同田北紀元及び同久保政利については昭和六三年二月二六日から、被控訴人家吉幸二及び同林敬二については同月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
四 仮執行の宣言
第二 事案の概要
一 本件は、神奈川県の住民である控訴人らが、神奈川県警察本部(原判決にいう「県警本部」又は「県警」)に勤務する警察官であった被控訴人らが神奈川県に対して不法行為に基づく損害賠償債務あるいは不当利得返還債務を負っているにもかかわらず、神奈川県がその請求を違法に怠っているとして、地方自治法二四二条の二第一項四号後段の規定に基づき、神奈川県に代位して被控訴人らに対してその支払を求めている事案である。原審は控訴人らの請求を棄却した。
二 当事者双方の事実主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
1 当審における控訴人らの付加的主張
(一) 最高裁昭和五七年四月一日判決・民集三六巻四号五一九頁は、公務員の職務上の行為の過程において他人に被害を生ぜしめた場合において、それが具体的にどの公務員のどのような違法行為によるものであるかを特定することができなくても、右の一連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があったのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められる場合には、国又は地方公共団体は、加害行為不特定のゆえをもって、責任を免れることができないと解すべきであるとしており、本件のような公務員、特に、警察組織の中にある公務員による不法行為について、これを犯した公務員とその行為を特定することは、被害者側に過度の立証負担を負わせ、結果的にその組織を免責することになるものであって、右判例の趣旨はこのような事案にも援用されるべきである。
(二) 仮に被控訴人ら全員についての給料相当額の損害賠償請求が認められないとしても、被控訴人山内並びに原判決にいう盗聴実行者らである被控訴人田北、同家吉、同久保、同林及び目黒は、共同して、少なくとも盗聴実行者らのうち、一番給料の少ない被控訴人林の昭和六〇年七月一日から昭和六一年一一月末までの給料相当額の損害ないしは日時が明白になっている被控訴人久保及び同林の同日分の給料相当分を神奈川県に賠償すべきである。
被控訴人久保は、昭和六〇年六月四日、海老名市役所において、本件電話盗聴のためのアジトとしたメゾン玉川学園二〇六号室(原判決にいう「本件マンション」)の賃貸借契約に当たり保証人となった志田鉱八の住民票を提出するためにその交付申請をし、住民票の交付を受けたものであるが、同市役所の住民票交付の取扱時間は午前八時三〇分から午後五時までで、この間昼休みがあるから、被控訴人久保の勤務時間と同一である。同被控訴人は、勤務時間中、勤務していた県警尾上町分室(以下「尾上町分室」という。)から同市役所までの往復時間二時間四〇分と住民票交付申請から交付までの時間をみて、一時間未満を切り上げると、少なくとも合計三時間はその勤務を欠いたことが明らかである。仮に同被控訴人が往復のいずれかは勤務時間外の自己の時間を使ったとしても、あるいは全く正規の勤務時間外に行ったとしても、本件は、同被控訴人の正規の職務として行われたのであるから、一二五パーセントから一五〇パーセントの割増による時間外勤務手当や休日勤務手当等が支給されており、時間外や休日出勤で本件電話盗聴行為又はその随伴行為をしたとすれば、これを減額ないし損害賠償請求されるべきこととなる。したがって、これよりも少額である給料による時間当たりの額に欠勤時間を乗じた額を損害賠償請求することは何ら問題のないことである。また、同被控訴人は、本件マンション内に遺留されていた昭和六一年一一月一六日付サンケイ新聞にその指紋を残している。そして、本件マンションに滞在するためには、同被控訴人の勤務する尾上町分室から往復だけで二時間三六分かかるから、一日につき三時間ずつ賃金をカットすべきである。同被控訴人の一か月当たりの給料は一二万八〇〇〇円を下らず、その勤務時間を通常勤務とすると休憩時間一時間を除いて週四一・五時間であり、一時間当たりの給料額を計算すると七一一円となる。したがって、同被控訴人についてカットすべき金額は六時間分四二六六円である。
被控訴人田北は、昭和六〇年六月六日、息子である田北昌彦を名乗り、立会人である東京都町田市《番地略》株式会社協立産業において、賃貸人である小林伝一郎との間で、賃借人田北昌彦、保証人志田鉱八とする本件マンションの賃貸借契約を締結し、本件マンションを緒方宅の電話盗聴のアジトとし、また、株式会社東京都民銀行横浜支店で賃料の送金手続を行った。これらのために尾上町分室との往復に要する二時間二〇分、切り上げて三時間分の賃金をカットすべきである。同被控訴人の一か月当たりの給料は一三万四一〇〇円を下らず、その勤務時間を通常勤務とすると休憩時間一時間を除いて週四一・五時間であり、一時間当たりの給料額を計算すると七四五円となるから、カットすべき金額は三時間分の二二三五円となる。
被控訴人林は、昭和六〇年七月三日、株式会社東京都民銀行玉川学園支店において、田北昌彦名義で、本件アパートの賃料を支払うために普通預金口座を開設し、自動振替依頼の手続をして、この口座に現金一〇〇〇円を預金した。同被控訴人は、昭和六〇年七月二三日、同支店において、同口座に六万円を、同年八月二一日、同口座に八万〇〇九〇円を入金し、四〇〇〇円を引き出し、本件マンションの電気料金、ガス料金の口座自動振替依頼の手続をした。さらに、同被控訴人は、昭和六〇年九月二五日、同支店において、同口座に八万〇七五一円を入金し、同月三〇日、同支店において、水道料金の口座自動振替依頼の手続を行い、同年一〇月二二日、同支店において、同口座に八万円を入金した。被控訴人林の勤務する尾上町分室から右銀行支店までの往復には二時間三六分を要するから、これを三時間として給与を減額すべきである。被控訴人林は、昭和六〇年一二月一一日、同銀行横浜支店において、同口座に五万円の入金手続を行った。同被控訴人の勤務する尾上町分室から同支店に現金を入金して帰ってくるには少なくとも三〇分は要するから、これを一時間として賃金をカットすべきである。右各銀行の営業時間は午前九時から午後三時までであることは公知の事実である。また、被控訴人林は、町田市水道局において、昭和六〇年九月七日付町田市長宛ての本件マンションの「水道使用開始申込書」を提出し、受理された。町田市水道局は、同市中町一丁目二〇番二三号に所在し、その窓口受付時間は午前八時三〇分から午後五時までであることは公知の事実である。同被控訴人の勤務する尾上町分室からJR京浜東北線及び横浜線を使用し町田で下りれば少なくとも片道一時間を要したことは明らかであり、その窓口での手続時間からしても合計して少なくとも二時間は要していたものである。さらに、本件マンション内に遺留された昭和六一年一一月六日付、同月一七日付、同月二二日付のサンケイ新聞には被控訴人林の指紋が遺留されていた。そして、本件マンションに滞在するためには、同被控訴人の勤務する神奈川県警尾上町分室から往復だけで二時間三六分かかるから、一日につき三時間ずつ賃金をカットすべきである。同被控訴人の一か月当たりの給料は一〇万九七〇〇円を下らず、その勤務時間を通常勤務とすると休憩時間一時間を除いて週四一・五時間であり、一時間当たりの給料額を計算すると六〇四円となるから、カットすべき金額は三一時間分の一万八七二四円となる。
(三) 被控訴人家吉を除く被控訴人らは、正当な理由なく、当事者本人尋問期日に出頭しなかったから、民事訴訟法二〇八条の規定により、その尋問事項に関する控訴人らの主張を真実と認めるべきである。
2 当審における控訴人らの主張に対する被控訴人らの反論
(一) 控訴人らの援用する判例は、国家賠償法一条一項に基づく国又は公共団体の賠償責任に関し、国又は特定の公共団体に所属する公務員の職務上の故意又は過失による行為によって被害が生じたことは明らかであるが加害行為の態様及び加害公務員を特定し難い事案について、国又は公共団体の賠償責任を認めたものである。これに対し、本件は、被控訴人ら個々人の民法上の賠償責任が問題とされているのであるから、各自の責任の根拠となる個々人の加害行為を特定しなければならないことは当然のことであり、右判例は控訴人らの主張の根拠となりうるものではない。
(二) 控訴人らは、被控訴人久保及び被控訴人林について日時が明確になっていると主張するが、本件訴訟で提出されている証拠上これを認めることはできない。また、仮に控訴人らが主張するように右被控訴人らの給料相当分を返還するとしても、その返還すべき額については給与条例九条の三が適用され、所定の計算方式によって算出した減額すべき額となることは控訴人らも主張するところであるが、県が右被控訴人らの共同不法行為として同被控訴人らに対して勤務懈怠の事実があったとして過払い分の給料の返還を求めるには正規の勤務時間中に勤務しなかった年月日及び時間数(開始から終了までの時間)を数量的に確定した上、同条の三所定の計算を行ってこれをしなければならないのである。しかし、控訴人らは、仮定主張についても右の点についての主張立証をしていないのであるから、県において同条の三に基づく減額措置をとることはできないこととなり、控訴人らの主張はその要件を充足せず、失当である。
(三) 民事訴訟法二〇八条の規定の適用については、裁判官の自由心証による裁量に任されているから、その結論はあくまで合理的なものであることが必要であるところ、被控訴人らが本件盗聴行為を行った事実を証明する証拠は全くないのであるから、控訴人らの主張を真実と認めることは不合理な結論であるといわざるを得ない。したがって、本件においては、右条文を適用すべきではない。
第三 当裁判所の判断
一 被控訴人らの本案前の抗弁について
当裁判所も被控訴人らの本案前の抗弁はいずれも理由がないと判断するものであり、その理由は、原判決説示(原判決二二枚目裏四行目から三六枚目表末行まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決二三枚目表三行目の「六三、六四号証」から七行目の「一四九号証」までを「六七号証、八〇号証、八九号証の一ないし八、一一五号証、一四八、一四九号証、一六三号証」に改め、同表一〇行目の「幹部委員」を「幹部会委員」に改め、二四枚目裏九行目末尾に「右当事者双方が控訴し、東京高等裁判所は、平成九年六月二六日、国及び神奈川県について、同様にその責任を認めた上、認容額を増額したが、被控訴人久保、同林、同田北及び同家吉に対する請求は棄却する旨の判決を言い渡し、右判決は確定した。」を加え、二七枚目裏末行の「(二)」を「(一)」に改め、三二枚目裏四行目末尾に「そして、同一人に対する右両請求を併合して提起することを禁ずる規定は存しない。」を加え、三四枚目裏一行目の「被告」を「被控訴人ら」に改め、同裏九行目の「結局、」の次に「法的構成の変更はあるものの、」を加え、同裏末行の「不当利得」の前に「給与の支払に係る」を加え、三五枚目表三行目の「できる」を「でき、右各主張事実に照らせば、このように解しても、被控訴人らの防御権を著しく害するものではないというべきである」に改める。
二 本案について
1 まず、本件証拠上、被控訴人らが本件盗聴行為についてどのような関与をしたと認められるかについて検討するに、この点に関する事実関係は、原判決説示(原判決三六枚目裏三行目から四二枚目裏一行目まで)のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三六枚目裏一〇行目の「九号証、一〇」を「八号証の二四、九」に改め、三七枚目表八行目の「五九号証、」の次から九行目の「一三九号証」までを「六三、六四号証、六八ないし七一号証、七三号証、八〇号証、八七号証、九三、九四号証、九八、九九号証、一〇〇号証の一ないし三、一〇一号証、一〇五、一〇六号証、一〇九ないし一一二号証、一一三号証の一ないし八、一一七号証、一二一号証、一二四号証、一四〇、一四一号証」に改め、同裏八行目の「独断で」の前に「その職務を離れて」を加え、同裏九行目の「あり得ない」の次に「ことというべき」を加え、三八枚目表四行目の「外事第一、二課」を「外事課」に改め、同表六行目の「一項」を「一号」に改め、同行の「一五条の一ないし三、一七条の一、二」を「一五条、一五条の二、三、一七条」に改め、三八枚目裏一〇行目の「六二年」を「六三年」に改め、四〇枚目表五行目末尾に「昭和六一年一月から同年一一月までの間の本件マンションにおける月間電気使用量は最大で七七キロワット、最小で一八キロワットであるとの報道がされている。」を加え、同裏三行目末尾に「同被控訴人は、原審及び当審における本人尋問期日に出頭しなかった。」を加え、四一枚目表三行目及び四行目を削る。
2 右引用に係る原判決認定事実によれば、昭和六〇年七月一日から(甲一〇五、原審証人緒方靖夫の証言をも勘案すれば、盗聴行為そのものとしては昭和六一年一一月二七日以降)昭和六二年六月末日までの間、被控訴人田北の長男名義で賃借された本件マンションにおいて、緒方宅の電話を盗聴するための盗聴関係機器が設置されて本件盗聴行為が行われていたところ、その現場には、四季を通じた生活の場として使用するために用いていたと推定される様々な日用品が持ち込まれており、同所に遺留された多数の新聞紙や家具には、被控訴人久保、同林及び同田北のものと疑われる指紋が残されており、同被控訴人らは、当事者として訴えられた別件訴訟においてもそのように主張されていたのであるから、それが自らのものではないことを立証しようとするのであれば、自らの指紋の検証等によって反証を挙げることが容易であるはずであるのに、別件訴訟及び本件訴訟を通して、このような立証活動をしようともせず、また、これをしないことについて何の弁解もしてこなかったことに照らすと、結局のところは、それらの指紋は同被控訴人らの指紋であり、それゆえに同被控訴人らが反証活動をしなかったにすぎないと推定するのが相当である。したがって、日本共産党に関する情報収集活動をその所掌事務に含む県警本部公安ー課に所属する警察官であった被控訴人久保、同林及び同田北は、その職務活動の一環として、右賃借期間中のいずれかの時期に、反復継続して、本件マンションにおいて、本件盗聴行為に共同で従事ないし関与していたものと推認するのが相当であり、これを覆すような証拠はない。そして、予て警察庁警備局は日本共産党の活動を常時監視する必要があるとの姿勢を打ち出していたものであるが、本件盗聴行為は現職の警察官により、その所属する県警の警察活動の管轄区域外に所在する日本共産党の幹部自宅の電話を継続的に盗聴していたというものであり、しかも、それが合法的捜査活動であると認め得る証拠が全く認められないことに照らすと、警察組織の末端に位置する一部の警察官限りで敢行されたものであるとは考え難いのであって、これに従事していた前記被控訴人らの直属の上司(公安一課長)であった被控訴人山内及び金田が、その所掌する事務として、組織的にこれを指摘命令していたものと推認することが相当と判断されるのみならず、その上司で県警警備部の責任者であった被控訴人松崎及び同吉原、さらには県警全体の責任者であった被控訴人加藤及び同中山についても、その組織の性格に鑑みるならば、事前に本件盗聴行為に関する報告を受けていなかったとは通常考えにくいところであるというほかはなく、右被控訴人らもこれを承認していたのではないかと疑うべき余地があるといわなければならない。
これに対し、被控訴人家吉及び目黒については、公安一課に所属する警察官として、同じく共同して本件盗聴行為に関与していた疑いはあるけれども、これを断ずるに足りる証拠はない。
3 そこで、次に、被控訴人らによる給与の一部の騙取による不法行為ないしその相当額の不当利得の主張について判断する。
(一) まず、被控訴人久保、同林及び同田北らは、神奈川県警に所属する巡査部長、巡査、警部補であった者であるから、神奈川県の職員として、給与の支給を受けていた者である。そこで、その勤務と給与の減額に関する規定についてみると、《証拠略》によれば、神奈川県の職員の給与に関する条例(昭和三二年神奈川県条例第五二号)九条の三には、「職員が正規の勤務時間に勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合を除くほか、その勤務しない一時間につき、勤務一時間当たりの給与額(給料の月額及びこれに対する調整手当の月額の合計額に一二を乗じ、その額を一週間の勤務時間に五二を乗じたもので除して得た額をいう。以下同じ。)を減額して給料及び調整手当を支給する。」との定めがあること、また、神奈川県警察処務規程(昭和四四年三月三一日本部訓令第三号)二三条には、「職員(看守者及び外勤警察官を除く。)の勤務時間の割り振りは、次のとおりとする。一 月曜日から金曜日まで 午前八時三十分から午後五時までの間において八時間 二 土曜日 午前八時三十分から午後零時三十分まで 2 前項第一号の場合において、午後零時から午後一時までは休憩時間及び休息時間とする。」との定めがあること、同規程五〇条には、「休職等の命令若しくは有給休暇等の承認を受けず、又は勤務命令に反し、正規の勤務時間中に勤務しないときは欠勤とする。2 欠勤は、第二十七条の二の規定に準じて、事前又は事後に休暇等届出・承認簿により所属長に届け出なければならない。3 欠勤は、時間を単位とする。ただし、一時間に満たないときは、一時間とみなす。」との定めがあること、右被控訴人らの当時の通常の勤務時間は、平日が八時三〇分から一七時まで、土曜日が八時三〇分から一二時三〇分までであることが認められ、これによれば、右被控訴人らが休職等の命令若しくは有給休暇等の承認を受けず、又は勤務命令に反して正規の勤務時間に勤務しなかった時間は、欠勤したものとして、その時間に応じて給与額を減額することとされている。
(二) そこで、右被控訴人らが、本件盗聴行為あるいはこれに付随する行為に従事した具体的事実関係について検討する。
(1) 前記引用に係る原判決認定事実と《証拠略》を総合すると、本件マンションの賃貸借契約に当たって提出された連帯保証人志田鉱八の住民票の交付を受けるために海老名市役所に提出された昭和六〇年六月四日付住民票関係交付申請書には、申請者として被控訴人久保の住所氏名が記載されていること、被控訴人久保作成名義の東洋信託銀行横浜支店宛ての昭和五四年五月八日付取引印鑑届には、同被控訴人の住所及び氏名が記載されているところ、その筆跡は、前記の住民票関係交付申請書に記載された同被控訴人のそれと極めて類似していることが認められる一方で、このような事実に対して、同被控訴人が積極的な反証を挙げようともしないこと及び住民票の交付申請に当たっては一般に申請者本人の確認をする取扱となっていることに照らすと、右住民票関係交付申請書は、同被控訴人が作成して同被控訴人が海老名市役所に自ら提出したものと推認される。したがって、被控訴人久保が、本件盗聴行為のために被控訴人田北の息子名義で本件マンションを借り受けるに際して用いた志田鉱八の住民票の交付を受けた時には、明らかにその正規の勤務とは無関係な犯罪行為(電気通信事業法違反)の準備のための行為に従事していたものであるから、それがその休暇中、休憩時間中、あるいは勤務時間外でない限りは、正規の勤務時間に勤務しないときに当たり、前記給与に関する規定に従って、給与額を減額すべきものというべきであり、時間にして一時間に満たないとしてもこれを一時間とみなすとの規定に従い、少なくとも該当月について一時間の欠勤があったものとして、所定の減額計算をすることができるものと考えられる(なお、控訴人らは、被控訴人久保が勤務していた職場から海老名市役所までの往復の時間もこれに加算して計算すべきであると主張するが、同被控訴人のその当日における前後の行動は一切明らかではなく、また、その主張のような方法で職場と海老名市役所とを往復したためその主張のような時間を要したと認めるに足りる証拠はなく、同被控訴人がその職務として本件盗聴行為に関与したと認められることを考慮しても、右主張を採用することはできない。)。
しかしながら、被控訴人久保が右住民票交付申請を行った具体的な時刻は明らかではない。市役所の窓口業務が行われている時間帯のことであるから、その勤務時間中の時間帯のことであるということはできるが、同被控訴人の休憩時間中(午後〇時から午後一時まで)である可能性を否定する資料のない本件においては、同被控訴人が、勤務をすべき時間中に右の各行為を行ったと断じることはできない(当時の海老名市役所において、同被控訴人の右休憩時間中には住民票交付事務を取り扱っていなかったと認め得る証拠はない。)。
(2) 次に、被控訴人林についてみると、前記引用に係る原判決認定事実と《証拠略》によれば、<1>昭和六〇年七月三日、株式会社東京都民銀行玉川学園支店において、田北昌彦名義で普通預金口座が開設されて一〇〇〇円が預金され、本件マンションの家賃の自動振替の手続が取られたが、その際に普通預金印鑑票、とみん固定口座振替依頼書、普通預金新規入金票が作成されたこと、<2>同月二三日、同銀行同支店において、田北昌彦名義で右口座に六方円の入金をする手続が行われたが、その際に普通預金入金票が作成されたこと、<3>同年八月二一日、同銀行同支店において、田北昌彦名義で右口座に八万〇〇九〇円の入金をする手続、右口座から四〇〇〇円を引き出す手続及び本件マンションの電気及びガス料金について口座の自動振替依頼の手続が行われたが、その際に普通預金入金票、普通預金払戻請求書及び銀行口座振替依頼書が作成されたこと、<4>同年九月二五日、同銀行同支店において、田北昌彦名義で右口座に八万〇七五一円を入金する手続が行われたが、その際に普通預金入金票が作成されたこと、<5>同月三〇日、同銀行同支店において、田北昌彦名義で本件マンションの水道料金について口座の自動振替依頼の手続が行われたが、その際に銀行口座振替依頼書が作成されたこと、<6>同年一〇月二二日、同銀行同支店において、田北昌彦名義で右口座に八万円を入金する手続が行われたが、その際に普通預金入金票が作成されたこと、<7>同年一二月一一日、同銀行横浜支店において、田北昌彦名義で右口座に五万円を入金する手続が行われたが、その際に普通預金入金票が作成されたこと、<8>同年九月七日付で町田市水道局において町田市長宛に田北昌彦名義で本件マンションの水道使用開始申込書が提出されていること、他方、被控訴人林作成名義の横浜銀行杉田支店宛ての昭和五六年三月一七日付普通預金新規取引申込書等の銀行提出書類、その婚姻届及びその出廷者カード(甲五九)には、同被控訴人の住所及び氏名が記載されているところ、その筆跡、とりわけその性質上自筆によるものと考えられる後二者のそれは、前記の<1>ないし<8>掲記の各書類に記載されたそれと極めて類似していることが認められる一方で、このような事実に対し、同被控訴人が積極的な反証を挙げようともしないことに照らすと、右各書類は、同被控訴人が作成して同被控訴人が東京都民銀行や町田市水道局に自ら提出したものと推認するのが相当である。
したがって、被控訴人林が、本件盗聴行為のために被控訴人田北の息子名義で本件マンションの家賃の支払や公共料金の自動振替依頼手続等を行った時には、明らかにその正規の勤務とは無関係な犯罪行為(電気通信事業法違反)の準備のための行為に従事していたものであり、それがその休暇中、休憩時間中、あるいは勤務時間外でない限りは、正規の勤務時間に勤務しないときに当たり、前記給与に関する規定に従って、給与額を減額すべきものというべきであり、時間にして一時間に満たないとしてもこれを一時間とみなすとの規定に従い、少なくとも該当月について一時間の欠勤があったものとして、所定の減額計算をすることができるものと考えられる(なお、控訴人らは、同被控訴人が勤務していた職場から銀行や町田市水道局までの往復の時間もこれに加算して計算すべきであると主張するが、同被控訴人のその当日における前後の行動は一切明らかではなく、また、その主張のような方法で職場と銀行や町田市水道局とを往復したためその主張のような時間を要したと認めるに足りる証拠はなく、同被控訴人がその職務として本件盗聴行為に関与したと認められることを考慮しても、右主張を採用することはできない。)。
しかしながら、被控訴人林が右各行為に従事していた時刻は明らかではなく、銀行や町田市水道局の窓口業務が行われている時間帯のことであるから、その勤務時間中の時間帯のことであるということはできるが、同被控訴人の休憩時間中(午後〇時から午後一時まで)である可能性を否定する資料のない本件においては、同被控訴人が、勤務をすべき時間中に右の各行為を行ったと断じることはできない(当時の町田市水道局において、同被控訴人の右休憩時間中には窓口業務を行っていなかったと認め得る証拠はない。)。
また、控訴人らは、被控訴人林が町田市水道局において水道使用開始申込書を提出したことを前提に、それに要した時間についても賃料減額の対象とすべきであると主張するが、右申込書はその記載に照らし郵送によってされたものとうかがわれるところ、同被控訴人において、その作成、提出行為に及んだのがその正規の勤務時間中であったと断ずるに足りる証拠はない。
(3) 被控訴人田北については、本件マンションに出入りをして本件盗聴行為に深くかかわっていたものとうかがうことができるけれども、それがその正規の勤務時間のどの月の時間であるかを確定するに足りる証拠はない(本件マンションの賃貸借契約に立ち会った者が同被控訴人であると断ずるに足りる証拠はない。)。
被控訴人家吉及び目黒については、本件盗聴行為に関与したと断じ難いことは前記のとおりである。
(4) なお、前記引用に係る原判決認定の事実と弁論の全趣旨によれば、本件マンション内に遺留された新聞紙(昭和六一年一一月六日付、同月一七日付、同月二二日付)には被控訴人久保ないし同林の指紋と疑われる指紋が付着していたことがうかがわれるけれども、これを具体的に特定するに足りる証拠はない(この点に関する付審判請求事件の決定中の説示だけではこれを確知することができず、また、神奈川県が右被控訴人らに対して請求をする場合の特定性に欠けることは、原判決説示(原判決四三枚目裏二行目から四五枚目表六行目まで)のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決四三枚目裏八行目の「一六日」を「六日」に改め、四四枚目表八行目から九行目のかっこ書の記載を削り、同表末行の「加えて」から同裏一行目末尾までを削る。)。
(三) 以上のとおり、本件における証拠上、被控訴人久保、同林及び同田北については、本件盗聴行為に関与したものと認められるのであり、特に、被控訴人久保及び同林は、本件盗聴行為の準備行為を具体的に敢行したことまでも認められるのであるが、それが、その勤務時間中の行為であって、給料を減額すべき時間帯のものであるとまで断定する証拠がないから、右時間帯にこれらを行ったことを前提とする控訴人らの主張は採用することができない。
もっとも、控訴人らは、この点について、右被控訴人らは、職務行為として本件盗聴行為に従事していたのであるから、正規の勤務時間外であれば時間外勤務手当を、また、休日であれば休日勤務手当を受給していたはずであって、いずれにせよ、減給ないし返還の対象となる給与を受給していると主張する。確かに、その従事の日時が確定する限りはそのように言いうる場合があるとも考えられるけれども、月単位で支給している給料を時間単位で減額し、あるいは日ないし時間単位で支給している右諸手当の返還のいずれかを求めるといっても、そのような選択的請求自体が不特定な請求であるとの謗りを免れないのみならず、本件においては、被控訴人らのうちの誰がいつ現実に盗聴行為に従事したかを特定するに足りる証拠はないから、結局、右減額ないし返還の対象となる職員本人とその対象となる月すら特定することができないのであって、そのような場合にまで、減給ないし手当の返還を求めることが可能であるとは考え難い。
翻って、本件訴訟は、控訴人らが、神奈川県が被控訴人らに対する請求権の行使を違法に怠っているとして、神奈川県に代位して、被控訴人らに対してその請求をしているものであるから、神奈川県が右請求権の行使を違法に怠っていることがその前提であることはいうまでもなく、したがって、神奈川県において、その請求権の行使が可能な程度に対象職員及びその減額ないし返還請求の内容自体が具体的に特定され、かつ、立証可能でなければならないことはいうまでもないところである。しかるに、本件証拠によっては、被控訴人らのうち、本件盗聴行為やその準備行為に関与した者について、それがその勤務時間中の行為であって給料を減額すべき時間帯であると断定することができないし、また、どの被控訴人が実際にいつ本件マンションに出入りをして本件盗聴行為に関与したのかすら確定することができない以上は、単に被控訴人らが共謀して、そのうちの一部の者が半年余の期間中に交代して継続的に本件盗聴行為に及んだことが推認されるというだけでは、神奈川県においてはいずれの被控訴人らのいつの給料を減額し、あるいはどの手当の返還を請求するべきかを確定し難いというほかはないのであって、結局、控訴人らの主張立証を前提とする限り、神奈川県において違法にその請求を怠ったとは言い難く、これを前提とする控訴人らの主張は採用することができない。
(四) なお、控訴人らは、右の時間帯を含めた被控訴人らの本件盗聴行為に関する具体的関与の事実関係を立証するため、原審において被控訴人田北及び同久保の各本人尋問を申請し、原審においてこれを採用してその各証拠調期日が開かれたが、右被控訴人らが正当な理由なく右各証拠調期日に出頭せず、また、当審において、被控訴人山内、同田北、同久保、同加藤、同中山、同松崎、同吉原及び同林の各本人尋問を申請し、当審においてこれを採用してその各証拠調期日が開かれたが、右被控訴人らがいずれも正当な理由なく右各証拠調期日に出頭しなかったことは、本件記録上明らかであるところ、控訴人らは、右不出頭の被控訴人らについては、民事訴訟法二〇八条の規定を適用して、尋問事項に関する控訴人らの主張を真実と認めるべきであると主張する。
当裁判所は、右の被控訴人らがその本人尋問期日に出頭しなかったことについては、正当な理由があるとは認められないから、控訴人らが主張するように民事訴訟法二〇八条の規定に則り、その尋問事項に関する控訴人らの主張(ただし、神奈川県において請求権の行使が可能な程度に対象職員及びその減額ないし返還請求の内容自体を具体的に特定するというものではない。)を真実と認めることができる場合に当たるものと判断するが、本件訴訟において、民事訴訟法の定める制裁規定を発動して控訴人らの主張を真実と認めてみても、神奈川県が右請求権を行使し得ることにつながるものではないから、その請求権を行使しなかったことが違法にこれを怠ったものということはできないとの右判断には消長を来さないというべきであって、結局、この点に関する控訴人らの主張は採用の限りではない。
4 次に、給料相当額以外の金員ないし備品の騙取又は横領の主張についてみるに、本件全証拠によっても、被控訴人らが県警総務部会計課長ないし管理担当者を欺罔して右金員ないし備品を騙取し、あるいは、正規に支出を受けた警察活動費ないし備品を横領したと認め得る証拠はない。前記のとおり、本件盗聴行為は、被控訴人らの一部の者がその職務として組織的に敢行したものと認められるから、これに要した諸費用が公金から出捐されたものであり、また、これに用いた備品の全部ないし一部が神奈川県の所有する備品ないしは公金により購入されたものと推認してまず間違いがないものと考えられるけれども、そのどの部分がいつどのような手段方法費目でもって公金から支出され、あるいは横領されるに至ったかが明らかではなく、そうである以上は、神奈川県がその返還の請求をすることは困難というほかはないのであるから、前同様の理由により、これを請求しないことをもって、違法にこれを怠っているものということはできない。そして、本件において、民事訴訟法二〇八条の規定を適用しても、その判断を左右しないことは、前項において説示したとおりである。控訴人らは、昭和五七年の最高裁判例を援用して、公務員や行為の特定について被害者側に過度の主張立証責任を負わせるべきではないと主張するが、右判例は本件とは事案を異にし適切ではないし、立証責任の点についての主張に理由のないことは、この点に関する原判決説示(原判決四六枚目表九行目の「原告らは」から四七枚目表五行目から六行目の「いわざるを得ない」まで)のとおりであるから、これを引用する。したがって、控訴人らの右主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
5 このように、本件盗聴行為に具体的に関与したとされる被控訴人らに対する本件各請求を認めることができないのであるから、右被控訴人らの上司であったその他の被控訴人らがこれに加担し、あるいはこれを看過したことを理由とする、右被控訴人らに対する本件各請求も理由のないことが明らかというべきである。
三 結論
以上の次第で、控訴人らの本件請求は、いずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。なお、控訴人鷲見友好は、当審係属中の平成九年六月二五日に死亡したので、本件訴訟のうち、同控訴人の請求に係る部分は、これにより終了した。よって、控訴費用の負担については、被控訴人家吉を除く被控訴人らは、いずれも正当な理由がないのに当審におけるその本人尋問期日に出頭せず、これによって訴訟が遅滞したものというべきであるから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六三条の規定の趣旨に則り、その呼出に要した費用をその被控訴人に負担させ、その余は行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条の規定に従って控訴人らに負担させることとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一〇年二月二六日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 佐藤陽一)
裁判官 滝沢孝臣は、転補のため、署名押印することができない。
(裁判長裁判官 清永利亮)